稲毛さんは1982年6月生まれの41歳。小美玉市で生まれ育つ。子どものころから工作など「ものづくり」が好きで、中学・高校とギターに興味を持ちバンド活動に夢中になる。高校卒業後はギター製作の専門学校に入学。在学中から木工やシルバーアクセサリーの製作を始める。その後会社勤めをしながら製作・販売を継続し、2023年4月鉄作家として独立。現在は妻の幸子(ゆきこ)さんとともに活動している。
小美玉市を拠点とし、鉄作家として活動する稲毛 丈さん。
工房は県立中央高校の隣にある。夫婦でリノベーションをした建物だ。
時折「一体何屋さんなんだろう」と立ち寄る人もいるとか。不思議な雰囲気が漂う空間だ。ここで、世界に一つだけしかないものを生み出している。
「もの」に宿る歴史や背景を大切にしている稲毛さん。
現在の工房でも過去の物件の持ち主の看板など、昔の痕跡が残る状態のままで使用している。「ものづくりをしていくと、傷ついたり欠けてしまうこともあるんです。でもそれを直してきれいにしていくよりも、“味”と捉えて使用することで、その背景を見てもらうことができると思うんです」と話す。
「Jing(ジング)」では現在、自身の自由な発想で制作している「オリジナル作品」と、お客様の希望を形にする「サービス」の2つの軸で活動を展開している。どちらも既製品では味わうことのできない独特の魅力がある。
オリジナル作品は、廃材や端材をアップサイクルして制作。サービスは、オーダーメイドでお客様の想いをかたちにするスタイル。看板や表札などのサイン、建具、店舗什器、インテリア雑貨、家具、ガーデン雑貨、アウトドアツールなど多岐にわたる鉄製品を手がけている。
好きな「ものづくり」で生きていけたら
子どものころから「ものづくり」が好きで、中学時代は友人とバンドを組み、ギターに夢中になってしまったという稲毛さん。バンドは高校生になって本格的に取り組んだ。 卒業後はギター製作の専門学校に進学。音楽も好きで続けたいと思っていたことや、将来につなげるための「ものづくり」もできると考え進んだ道だったが、当時は就職難でギター職人になるのは難しかった。
社会人となり物流会社での仕事を始め、その後自動車部品の工場に入社。30歳ごろから銘木アクセサリーやシルバーアクセサリーなどの作品をイベントで販売するようになり、会社員として働きながら作家活動を続けていった。
「結婚して家を建て替えていた時、憧れていた造形作家さんのランプが欲しかったんですね。でも、タイミング悪く手に入れることができなくて…。家は完成してしまったし自分で作るしかないと思って、それでランプをつくったんです」。この出来事をきっかけに、鉄で作品をつくり始めるようになった。
作家活動を続けていくうち、もっと製作したいという気持ちが大きくなっていったが、会社員として忙しい日々が続き、製作時間が取れなくなっていた。このままでは満足に「ものづくり」ができなくなってしまうと思い、独立することに決めた。決断までに10年かかったという。
鉄作家としてスタートした、いまの暮らし
2023年の4月から鉄作家としての生活が始まった。会社員時代に比べると製作時間が取れるようになり、手すりやドアなど大きな制作物も受けられるようになった。手がけてみるとおもしろく、やりがいも感じているそうだ。
同時に家族と過ごす時間も増えた。「朝は小学校へ向かう子どもをゆっくりと送り出し、昼には自宅に戻ってご飯を食べ、子どもが帰るころには自宅に戻ることもできるようになりました。忙しい時は、家族が寝静まってから工房に行き作業をしています」。
自由に時間が使えるようになりストレスはなくなったが、自分の足で営業に行き「もの」もつくらないといけない。「ものづくり」は楽しくもあるが常にプレッシャーも感じているという。
そんな稲毛さんを支えるのは妻であり、「ものづくり」のパートナーでもある幸子さんだ。実は幸子さんもJingの作品を手がけている。作風が違うので二人で一緒に製作はしないそうだ。「妻はアートよりなんですよ。発想も妻の方が豊かで…(笑)」。
時間があればテーマに合わせて材料を探しにいっているそうだ。インタビューをした2024年の2月ごろ、稲毛さんは幸子さんと一緒に作品の材料となる流木を集めに海へ出かけている。鉾田市の大竹海岸をはじめ、大洗町、ひたちなか市、日立市など。ずっと小美玉市に住んでいるのであまり意識したことはないというが、どこに出かけるにも便利だという。友人たちも工房に立ち寄ってくれる機会が多いそうだ。
かゆいところに手が届く、そんな存在に
「最初は自分の好きなものだけをつくりたいという気持ちもありましたが、最近はお客様とのやり取りを重ね、お客様目線でつくりたいものや欲しいものなどをつくってあげたいと考えるようになりました」。
Jingでは鉄全般のオーダーを受けているが、お客様がかたちにしたいイメージを、イラストやサイズなど簡単なメモ書き一つから、気軽に相談ができるような存在でありたいという。
「既製品ではない1点ものなので、自由度も高いと思います。鉄工所とか鍛冶屋さんみたいな人には敵わないですけど、かゆいところに手が届くような、そんな存在でありたいと考えています」。
今後の活動について話を聞くと、ゆくゆくは店舗のリノベーションや内装なども手がけていきたいという。工房ではものづくりの教室で「ものをつくる楽しさを伝えたい」そうだ。
「『自分は器用じゃないから…』『やりたいことがなくて…』という人でも、ちょっとしたきっかけでこんなものがつくれるんだよ、と背中を押してあげることもできますし、ものを大切にするということも伝えることができると思うんです」と稲毛さんは笑顔を見せた。
独立して2年目を迎える稲毛さん。ブランド名の「Jing」は自身の名前と現在進行形の「ing」を組み合わせたもの。今まさに前に進み続ける姿が体現されているようだ。稲毛さんは、ものを大切にする心やものづくりに対する真摯な姿勢で、これからも新しいチャレンジを続けていくのだろう。
Jing 小美玉市張星497-1
090-2172-1612
ina_chan@nifty.com
https://www.instagram.com/jing_ironcraft/
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